ここ数年、自分を可愛がる。
という言葉をよく聞きます。
私はこれ、苦手です。
正直いって・・・。
で、私は知らないことや出来ないこと
興味のあることは自分なりに徹底的に
探っていきたい人間でもあります。
自分を可愛がる。
たぶん、女子の中で大抵こういう
女性にはなりたくない。
と思っているのが、
「勘違いおんな」
なんですね。
自分の事好きすぎて勘違いをしている。
こういう人は、見ていて痛々しさを
うっとうしさがこの上ないですからね。
本人は幸せでしょうからそれでいいですが、
一緒に居て大抵被害を受けますし、
学ぶことが少ないのも特徴です。
なぜなら、独りよがりの価値観だから。
ただ、私はこういう人に結構まなばさせて
もらっていることは確かなんですね。
まあ、反面教師。と言ったところです。
ただ、そうだからといって、ストイックに
頑張り過ぎている女性も痛々しいのも確か
どちらかというと私は後者のタイプです。
こちらも間違いなく勘違い女性です。
タイプが違うだけで、結局は同じです。
で、私はどうやったら自分を上手く愛でる
ことが出来るのかと、ここ何年も研究して
いました。
なんとなく、答えがわかってきた最近。
巷で自分を可愛がるという指南方法を
いろいろとみますけど、なんとなく
まだ勘違い女を作り出す指南書にしか
見えない私・・・。
で、私なりに出て来た答えというのが、
たぶんなんですけど、自分を愛でることが
できるようになると、人間関係が変わる
ということになるのかな。
と思います。
自分の味方になってくれる人が現れる。
ということなのかもしれません。
やっぱり、社会的に成功しても、みんなに
うらやましがられても、確実に自分の味方
だと言い切れる人間が居なくては意味が
ありません。
お金でついてくる人間、自分のスキルに
ついてくる人間。
そんなんではなくて、どんな自分でも
味方でいてくれる人間。
というのは正直、親くらいかと思って
いました。
ただ、自分が大人になると、親も親で
なくなるので、赤の他人とはどうしても
打算的な関係でしかいられないかもな~
と思っていました。
例え信用していてもね。
ですが、ここ数カ月で、学ぶことがたくさん
あり、思ったことは、自分を愛でる、愛する
ということは周りの人を含めて。
ということなのではないのかな。
と思ったんですよね。
自分ばっかり可愛がっても、なんか痛くて
自分が頑張り過ぎても痛い。
でも、なんか、自分も頑張って、相手も
頑張って、それがお互いに感じられる。
相手の気遣いに気が付くことができ、
自分も相手の力になれるようになりたいと
感謝の気持ちを持って接することが出来る。
この相互作用は、相手だけに尽くすわけでも
なく、自分も自分を大切にするから、相手が
自分を大切にしてくれたりすることに気づけたり
感謝が出来たりするものだと思います。
ちょっと、表現がむずかしいですが、
反抗期真っ只中のわが子をみていると
自分がどんな人間だったかを思い知らされる
わけなんです。
与えてもらって当然。
してもらって当然。
だから時々、ありがたいと思っていても
基本は怒りの感情の方が上回る。
これって、本当に自分が何もできない
と訴えているようなものだなあ・・・
とみていてガッカリするわけです。
ですが、まあ反抗期真っ盛りなので良しです。
腹は立ちますけどね。
結局、この考え、必ず自分に戻ってきて
しまいますからね。
それもいつか気づければいいと思います。
できるだけ早めに(笑)
遅ければ遅いほど、自分が辛い時期が
長いだけなので。
私が感じて来たことを娘が感じ、もがいている。
これは育て方なのか?
とやっぱり思いますが、逆に私が克服できたなら
必ず娘も克服できるはずです。
自分を愛でるようになると、愛情のかけ方も
どんどん変わっていけることも、なんとなく
気づけるようになりました。
人間関係を柔軟に出来るようになると
人生はやっぱり圧倒的に楽で楽しくなる
のも本当の意味でわかるようになってきました。
柔軟性が少し身に着くと、反抗的な態度にも
少し理解と対応の仕方が変わりますからね。
これも自分の心次第ってとこです。
アロマが私を変えてくれているのか。それは
永久に証明できませんが、アロマによって
身体の変化の気付きは増えますよ。
それに伴い心の変化にも気づきが変わります。
心の変化の気づきについてはまた明日お伝え
していきますね。
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